これあげる

朝、駅から会社まで歩いている途中に起きた出来事です。

歩道を歩いていたら向こうから車が数台走って来ていて、イヤホンをしてたからすぐに気づかなかったんだけど、その中の白い車に乗った人に話しかけられてました。

「ちょっとキミ」

って手招きして俺を呼んでいます。

「道を尋ねるわけじゃないんだけど、これあげる」

わけが分からず

「はい？」

と言ったら

「これあげるから」

って。結構車の通りが多い道だったので、

「こんなところで話すのもなんだから、ちょっと横付けしてもいい？」

と言って車の通りが少ない路地に入って行きました。
その時点で怪しいと思ってたんだけど、その車が止まった方に行った俺。

「これ時計なんだけど、これキミにあげる」

「えっ？はぁありがとうございます・・・」

「いや～今さ時計の納品に行ってきたんだけど、1個多く持って来ちゃって。だからこれあげる」

「何でですか？」

「倉庫に戻すとなると上から怒られるのよ。始末書とか書かなくちゃいけなくなっちゃう」

「いや自分のミス何だから、ちゃんと報告した方が今度のためですよ？」

「始末書書くのって大変でしょ。分かるでしょ？だからこれキミにあげる」

「・・・・・ありがとうございます」

こんなうまい話があるわけないじゃんと、あまり嬉しそうなリアクションをしなかったら

「何だか嬉しいんだかどうだから分からないね～ これいくらに見える？」

助手席にはロレックスのカタログが無造作に置かれていて、時計を見せられました。

「30～40万ですかねー？」

「う～んもうちょっと高い。68万」

「へぇ～」

「これダイヤ入ってるから」

金色の時計で文字盤に12個のダイヤらしきものが埋め込まれてました。
ただ文字盤中央のちょっと上に入っていたのがロレックスの文字とロゴではなかったので、
きっとカタログは高価なものに見せる作戦だったんでしょうね。

「そんな離れてないで、もっとこっち来て見な」

車に連れ込まれたら危険だから離れて見てたわけ

「いやここからでも見えますよ」

「こっち来て見なよ」

「いや大丈夫ですって」

「そう。じゃあこれキミにあげるから」

そう言って手渡して来ました。
手にしたものを投げ捨てて走って逃げようと思ったけど、後部座席に仲間が潜んでいて捕まえらえるかも知れないし、万が一、鉄製の弾が入った冷たくて硬いものを懐に隠し持っていたら大変なことになるので自分の命のためにも最後まで話を聞くことにしました。

「でさぁ もうキミと俺の仲だから少し有志してほしーなー」

心の中で『有志？』と思った俺。

「二人の今後のためにも飲み賃のご奉仕」

「飲み賃？」

「そう俺が今晩飲むお金」

キター！お金を巻き上げにかかって来た！
いや～俺は本当にラッキーでした。実は前日会社に財布を忘れちゃってて、自宅にあったお金をビニール袋に入れて持ってたんです。このことが起きたのはコンビニで買い物をした後だったから小銭で600円くらいしかなかった。それも10円玉が大量(笑)　そんなビニール袋をポケットから出して

「あのー財布無くしちゃって今これしかないんですけど」

財布がある場所は分かっていたけど無くしたと嘘をついた俺。
相手の人は『はぁ～？』って顔をして、すぐにこう聞いてきました。

「下ろせばあるんでしょ？」

俺は笑いそうになりながら、もう月の『だ・・・駄目だ。まだ笑うな・・・』状態ですよ(笑)

「いやだから財布を無くしちゃってカード止めてあるので無理ですー」

そう言ったら『時計返せ』と言わんばかりに腕を伸ばして、俺は時計を返しました。
そして走り出す車。俺は最後に

「さよーなら～」

と言って見送ってあげました。もし財布を持っていたら・・・ビニール袋にお金入れてなかったら・・・
俺、今頃どうなっていたんでしょう。そう考えると怖いけど、とりあえず何もなくて良かった。
こうして笑い話になるのも生きているからこそ。会社の友達も笑ってました。

きっと少ない額を渡したら態度を豹変させたんだろうな～
「テメェーなめてんのか！？これ68万するって言ったろうが！」とか言ってさ、
脅されて住所を聞き出されて逃げられなくなり、大金を振り込む羽目に。とか？
いやー貴重な体験をしてしまいました。ダミーの財布を持っておくのも良いかも知れません。
皆さんは『これあげる』なんて話しかけられたらすぐに逃げましょう！(笑)